2016年9月8日木曜日

夏季フィールド実習(2)

9月8日(木):夏季フィールド実習2日目
天候:雨のち晴れ
学生6名、教員1名、TA3名

9:00集合
エントランス前で、レベル測量の基本練習(レベル据え付け、標尺の読み、据替の意味など)

10:00 雨がやまないので、実験に切り替え、104号室へ移動
eDNA用のDNA抽出作業の練習。 ピペット操作の基本、分注、遠心分離などの基本操作を行う。

10:45 - 11:15 eDNA抽出作業の待ち時間を利用して、115実験室へ移動。
イオンクロマトグラフの基本原理の説明と、校正液(1倍希釈、5倍希釈、10倍希釈溶液の作成)。

11:15 - 12:30 104号室へ戻って、DNA抽出作業の続きを実施。

12:40 - 13:40 昼食休憩。イオンクロマトのウォームアップを開始するが、途中、停電のため停止。岐阜、愛知の広域での停電により、25分間程度電気供給が途絶える。火力発電所の周波数低下が原因とのこと。復旧後、イオンクロマトのウォームアップ再度開始。

13:40 イオンクロマトのオートサンプラーに、試料水をセット。
13:45 - 15:15 エントランス前の水路に移動。
ADCP(SonTEK IQ plus)を用いて水路の流量観測法の実演。河川断面のレベル測量、河川断面データのデータ入力、電磁流速計を用いた流速測定を実習する。取得データの説明を行って、デモンストレーションを行う。流速0.09m程度、流量0.09m3/s。ほとんど動いていない水だが、それなりに結果が出せる点が面白い。

15:15 - 16:00 104号室で、抽出DNA溶液をPCR用に作成したMixtureに分注する作業を実習。1μmの微量な溶液を、PCRチューブの蓋裏面に分注していく裏ワザ実習。分注後、遠心、振とうを2回繰り返してPCRへ。115号室に移動して、イオンクロマトグラフの途中経過を見ながら、結果がでる出方を説明し、2日目の実習終了。先日遅かったので、少し早めに終了。

夏季フィールド実習(1)

9月7日(水):夏季フィールド実習1日目、河川水の採水および流量観測
天気:曇りのち晴れ。蒸し暑い。

8:00集合、学生6名、教員1名、TA1名

8:15出発
東海北陸道(関IC-白鳥IC)で、長良川上流域へ

9:30採水ポイント1に到着、イオンクロマト用15ml濾過採水、eDNA用1L直接採水の方法を説明、採水を実演。流量観測も試みるが、流れが速く、川岸の1点における水深と流速の測定、および川幅の測定(レーザー測距儀)のみを行う。 

東海北陸道(白鳥IC-郡上八幡IC)で、郡上八幡へ

10:20採水ポイント2に到着、採水を行う。
市街地へ移動し、市街地内のパーキングに駐車。
宗祇水(ポイント3)、長良川の支流河川(ポイント4)、街中の水路(ポイント5)、より採水。

12:30 - 13:30 昼食休憩。市内の食堂で全員で食事。牛丼定食、とろろ丼定食、食後に全員でスムージーを食す。

東海北陸道(郡上八幡IC-関IC)で、市内金華橋をわたって、川原町経由で、堤防沿いに忠節橋へ。
15:00 忠節橋下で採水。
堤防道路で、長良川河口堰へ。

16:10 長良川河口堰の上から、バケツを使用して採水。バケツの使用を練習。
高速道路を使用して、大学へ。

18:00過ぎ帰学。
eDNA用の濾過および冷凍保存の方法を実演・実習。
19:30終了。

 

2016年9月6日火曜日

memo(2)

宮台真司さんのYouTube記録。「資本主義で勝ち抜いている人は、中国人、ユダヤ人、である。これらの人たちには、帰れる場所がある人たち。どちらも親戚・血縁を非常に大事にする。いつでも帰ることができるセーフ・ベースがあることで、激烈な資本主義の戦いも戦うこともできる。こういう人たちは、一生資本主義の中で戦うことはなく、資本主義の舞台から降りる時期がある。たとえば、50代から早期に退職してなど。日本の社会として、サステナブルな社会にするには、降りて帰ってくる場所をつくるということが大事か」。

2016年9月5日月曜日

memo

どうしたらたゆまぬ研究活動を続けられるだろうか。つかれたときにも、モチベーションを失わずに。この数日疲れている。多くのやるべきことが滞っている。研究のエッセンシャルな核もすぐに見失いがち。日々のこなさなければならないことに流されているうちに、大事なことも見失ってしまいがち。どうしたら、すべての研究に目が行き届くだろうか。一日一回でもすべての研究を真剣に考える時間が少しでもあるといいのだろうか。

システム論(3)

地球システムや、地球上で発生している事象を対象とする場合、時間発展するシステムとしてとらえることができるが、そのシステムは、やり直しの効かない一回性を持っているという点が重要である。古典的な科学的方法論では、再現可能性が科学的プロトコルの最重要な条件となるが、地球上で現実に発生している事象を対象にする限り、やり直しがきかないために、再現可能性ということは条件として設定できない。さらに厳密にいえば、実験室内で行われる実験であっても、地球上で発生している事象に違いはなく、等しく時間進行は後戻りが効かない、という意味では、厳密な意味での再現というのはいかなる局面でも成立しない。つまり、再現可能という条件を課すことができるという考え方自体が、幻想にしか過ぎないということになる。環境科学に取り組む者は、もっとこのことを意識してもよいのではないかと思う。古典的な科学の枠組みでは環境問題をとらえきることはできないということを意識化するためにも。

モデリング(2)

 人間は、記号(シンボル)を通して世界を見ている。そして、シンボルは同じと違うを効率的に区分してくれる。モデル化とは、世界に起こる現象を記述する方法であり、そのために数式というシンボルを用いる。数式もシンボルの一種である以上、人間の世界認識のあり方と本質的にかわらない。システム論とモデリングとは、不可分の関係にある。わたしたちが何かしらの世界認識をするとき、世界定め、つまり境界を定める。境界の中は、何らかの意味で同一の空間であり、境界の外は、内側とは異なる空間として区別される。境界に囲まれた中の領域を対象として、関心を抱いている現象に関しての記述を行う。私たちの専門分野である水文学では、流域をひとつの単位として考えることが多いが、地球全体を対象として、つまり、地球と宇宙空間との境界を境界として、水の循環を記述する研究もある。境界には境界条件をあたえ、システムの中には初期条件を与えるのが通例である。

2016年9月4日日曜日

システム論(2)

 地球科学、とくに、環境問題を研究するものにとって、システム論的考え方は欠かせない。しかし、ここに一つ厄介な問題が内在している。古典的な科学的、客観的認識や方法論の大前提になっているのが、関心の対象と、自分自身の存在や認識とは切り離して考えることができる(対象に自分自身の存在や認識が影響を及ぼさない)という前提である。このような前提を受け入れたうえで対象の挙動を観測することを外部観測という。一方、このような前提を置いたときに明らかな弊害が生じるときは、従来の方法論が適用できないことを明示的に示すために、外部観測に対置させて、内部観測という。
 いくつか具体的問題を考えてみよう。斜面を転がり落ちるボールの運動と、それを観測する自分の存在や認識とは、完全に切り離して考えることができると仮定しても問題ないであろう。しかし、これも厳密には近似的にそうみなせるということであろう。つまり、万有引力の法則によれば、あらゆる質量をもつ物体間には相互に力が作用する。つまり、自分の存在とボールとは相互に引力を介して作用しあっている。しかし、地球の重力の作用や斜面を構成する物質との間に働く摩擦力がはるかに大きいために、自分の存在がボールに及ぼす影響は無視しうるのであろう。
 よく例として挙げられるのが、量子力学的現象における観測者と対象の不可分性である。ミクロの粒子の動態(速度と位置)は、観測することによりどちらかが決定される一方、他方は不確定となる。つまり、観測することにより部分的に状態が確定し、部分的には確定できず、観測という行為によってはじめて状態が確定する。これは観測という行為が粒子の状態に影響を及ぼしているとみなすこともでき、自分自身の存在が対象に影響を及ぼしているとみなしうるような問題とされる。
 また、もっとわかりやすい事例では、文化人類学や社会科学におけるある社会集団の観察行為である。特に、対象としている社会集団の一員としてその集団を観察する参与観察においては、観察している当人が観察の対象としている社会集団の一員となっているために、当人の存在自体が、その社会集団の特性を変容させることになる。あくまでも短期間の滞在であって、近似的には影響を及ぼしていないとみなすのが通常なのであろうが、どんなに短期であろうとも、ひとつ難しい問題が含まれている。それは、観察する当人が、観察対象の人間に対して聞き取りやアンケートを行ったとき、対象の人間の会話やアンケートへの応答は、いったいどういうことを意味するのか、という点である。人間のコミュニケーションは必ず相手あってこそのものであり、相手の存在あっての自分の応答であるため、こちらの存在がその人の応答に必ず影響を及ぼしているに違いない。
 このように考えてくると、外部観測的問題と内部観測的問題とは、自分の存在が対象の及ぼす影響はどのような場合にも多かれ少なかれ存在し、それは程度の問題である、ということではないだろうか。